T君は、高校生。ラグビー部に入っていて、真っ黒に日焼けし、筋肉もりもり。きれいな逆三角形の上半身をしています。小さい時から、湿疹やらニキビやらで、時々来院していました。
ある日、深刻な顔をしてやってきて、
「先生、このごろ胸が痛いんです。」と、訴えます。
「左胸にしこりができて、だんだん痛くなってきました。」
見せていただくと、確かに乳首を中心に筋肉と皮膚の間に直径5センチほどの、円形のお餅のような塊があります。
ご本人は、
「最初は、乳首のところが何かヘンだなあと思ってたんすけど、だんだんしこりができてきて、痛くなってきて…。もしかして、乳がんすか?男にも乳がんができるってネットに書いてあったし…。」
と、ちょっと泣きそうな感じに…。
「そうじゃないと思いますよ。これは、女性化乳房じゃないかなあ。」
「ええっ!!このまま胸が大きくなっちゃうんすか?」(えーっ?!そんなわけ無いじゃない!!)
「違う、違う!何かの原因で、一時的に乳腺が発達しちゃったんですよ。」
「女の子はね。思春期になると胸が大きくなるでしょ。それは、乳腺が発達してくるからなの。その時に、痛みを感じるんです。それから、毎月生理になる前に、ホルモンによって乳腺が張ってきて、今のあなたが感じているような痛みが出るコもいるんです。お母さんになって、おっぱいをたくさん作るときも痛くなるんですよ。」
男性の乳腺が発達した場合、内服薬の副作用や、肝臓疾患などの可能性があります。降圧剤や制酸剤(胃薬)や抗うつ剤の一部などが、女性化乳房を起こしうることが知られています。また、肝臓の機能がとても悪くなると、男性でも少量ながら産生している女性ホルモンを、代謝・分解することができなくなり、結果として血中濃度が上がって女性化乳房が起きやすくなります。
「何も、薬は飲んでませんよね。」
T君は、思いっきり首を横に振ります。
そうよね。まだ、薬を飲み始めるような年齢ではないし、肝臓も悪くないはずだし…。
もっとも、思春期には、ホルモンの乱れもあって、一過性に乳房が発達して痛くなることがあります。片方だけ発達してくることもありえます。T君の場合もそうかもしれません。
ただ、T君のモリモリ筋肉を見ていて、ちょっと気になることが…。
「もしかして、プロテインとか飲んでない?」
「えっ?ええ、コーチに飲まされてます。筋肉をつけるのに飲めって言われて…。」
「そのプロテイン。大豆由来じゃないか、確認していただけないかしら?」
大豆に多く含まれるイソフラボンが、腸内細菌の助けによって代謝されると、女性ホルモン様の物質エクオールに変化します。これを必要以上に摂取すると、女性化乳房もできやすくなるかもしれません。
T君の場合、乳がんではなくて、女性化乳房だとは思いましたが、念のために、近くの総合病院の乳腺外科をご紹介しました。結果は、やはり「女性化乳房」という診断でした。
あとからT君が報告してくれたことには、
乳腺外来に行ったら女の人ばっかりで、すごーく恥ずかしかった。いろいろ検査してもらって、大丈夫と言われて安心した。やっぱりプロテインは大豆由来だったので、飲まないことになった。胸の痛いのは、少しずつ軽くなってきている。
ということでした。