第25回 サーファーは、納豆が苦手?

「見てください、これ。クラゲです!!」美魔女のSさんは、ウェーブのかかった栗色の綺麗な髪を揺らしながら、腕や足にプツプツと出ている発疹を指さしておっしゃいました。確かに、クラゲに刺された時の刺し傷にそっくりな赤く膨らんだ発疹が腕や足にあります。時に連なって、ミミズバレのようになっています。クラゲの刺し傷と違うのは、ぽつぽつとした発疹が散発している点です。(クラゲなら触手に毒針が分布しているので、紐状にまとわりつくように発赤があることがほとんどです。)Sさんの発疹はじんましんといって良いようです。

「でも、先週末に海に入った時には、クラゲに刺されなかったんです!」それが、昨日から出てきて、痒くて痒くて…。」

「もしかして、納豆食べなかったですか?」

ついこのあいだ配達された「Visual Dermatology」(皮膚科の専門誌、写真が豊富で視点が面白い!)に、ちょうど「横浜中華街と湘南サーファーに起きる納豆アレルギー」という記事を読んだばかりでした。
クラゲは、触手に標的がふれると、触覚細胞内にポリガンマグルタミン酸 (PGA(poly γ-glutamic acid、))という物質を産生し、その浸透圧作用により毒針を標的に差し込むのだそうです。実は、納豆菌も、その発酵過程でPGAを産生します。クラゲに刺されたためにPGAにアレルギー反応を起こすようになり、納豆を食べることによって、じんましんやアナフィラキシーショックを起こすことがあるとのことです。納豆アレルギーを発症した人にサーファーが多く、その患者さんのひとりが中華クラゲを食べてアナフィラキシーショックを起こしたことから、クラゲ刺傷が、その発症メカニズムに関連することを疑うきっかけになったそうです。

さきほどの問いに対するSさんの答えは…
「そう!そうなんです。納豆食べたんですよ。」
「調べたら、ちゃんとネットに載っていて…私、昔サーファーだったんです。」と、スマホの画面を見せてくださいました。

「サーファーに多い納豆アレルギー」の原因である、ポリガンマグルタミン酸(PGA)は、納豆菌が行う大豆の発酵過程で作られるわけですから、血液で大豆に対するアレルギーの有無を調べても検出されません。納豆そのものでプリックテスト*をするしかありません。
PGAは、今や食品添加物としてインスタント食品やスポーツ飲料など、納豆とは全く関連が無い食品にも含まれているそうです。そのため、このアレルギーがある人は、添加物をしっかり確認してから購入しなくてはならないのです。

Sさんも、じんましん自体は、標準的な治療です速やかに良くなりましたが、「納豆はもう食べないほうがいいようね…」と、寂しそうでした。

それにしても、あな恐ろしやインターネット!! 今や、素人の方のほうが我々医者より情報を先に入手できることもある! インターネットの強みのひとつに、ニッチな情報が探せるということがありますが、これもその一例だと思います。いろいろなメディアを通して、多くの情報が飛び交う中、玉石混交のなかでさまよう患者さんも多いので、その中から正確な情報をお伝えするのが医師の役目と思いますが、最新の情報に目を通すのはなかなか大変です。先に挙げた医学雑誌を含め複数の分野の最新情報に、日常的に目を通しておかなくてはならないのですが、お恥ずかしながら私自身は、十分にできているとは思えません。これからますます、患者さんに教えていただくということが増えるでしょう。

今回の「クラゲに刺されて納豆が食べられなくなる」という現象も、「動物による刺し傷によって食べ物に対するアレルギーが起こる」という新たな知見で、2004年報告と、比較的最近のものです。

情報収集という点では、インターネットやAIの発達により、インフラさえ整っていれば、誰でも同じ条件でできるようになってきています。では、そういう環境下における医師の役割とは何か、考えさせられます。AIを搭載したヒト型ロボットに、知識量でかなうことはないけれど、人間の医師でなくてはできないことは何か、そこに、将来の医師像があると思います。

*プリックテスト;アレルギーの原因物質を特定するために、前腕屈側にアレルギーの原因と考えられる物質(アレルゲン)を乗せ、その上から二股に分かれた27ゲージ程度の細い針で刺して皮ふに小さい傷をつけ、皮ふに起こる反応(膨疹や紅斑)を調べるテスト

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