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第1回 日本の結核の現状と新しい検査法の必要性

最近、結核の集団感染や院内感染についてテレビ、新聞などで頻繁に報道されていますが、 「結核」と言う病気について、みなさんどの様なイメージをお持ちでしょうか?「結核」は過去の病気であり、抗菌薬療法の発達した現在では恐れるに足らずなどとお考えになっていませんか?
確かに生活環境/衛生環境が改善され、また治療効果の高い抗菌薬も開発されましたので亡くなる患者さんも少なくなり、不必要に恐れる必要はなくなったと言えるでしょう。
しかしながら、最近その減り方が少なくなり、また新たに感染した多くの方をみれば、決して過去の病気などではなく、インフルエンザに匹敵する、今なお我が国で最大の感染症と言うことが分かります。
厚生省も1999年7月「結核緊急事態宣言」を出し、欧米諸国を見習って結核の撲滅を目指すための長期的プランを明示しようとしています。
では、撲滅を目指すために最初に考慮すべき事、なすべき事とは何なのでしょう?
まず何をすれば効果的な対処が出来るのか日本の結核の現状を再確認しつつ、考えてみたいと思います。

日本の結核の現状と将来の課題

結核は、昔から国民病と言われてきたほどに、日本に多い疾患(感染症)です。 近年、日本の生活水準が欧米先進諸国のレベルに達したのにも関わらず、結核罹患率の方は欧米諸国に比較して飛び抜けて高く、いわゆる発展途上にある国々のレベルにとどまっています。
それでも国民の栄養状態及び衛生環境の改善、集団検診の実施、新しい治療法の開発、予防対策への公的援助などで、結核患者数は漸次減少傾向を示していました。
ところで、この減少傾向は近年明らかな鈍化を示して、関係者の関心を引いていましたが、厚生省の統計1),3)では、1997年に新規登録患者数が38年ぶり、また罹患率も43年ぶりに増加を示しました。新たに登録された患者数は42,715人、罹患率は33.9で、これは前年の患者数42,472人、罹患率をわずかですが上回る数字となりました。
そして、1998年の新規登録患者数は44,016人、罹患率は34.8となり、増加傾向を継続していることが示されています。
ところで、1997年の結核登録者数は121,762人で前年比11,196人の減少、1998年は113,469人で同じく8,293人の減少と患者の総数は減っているにも関わらず、新規登録患者数及び、罹患率は増加しています。
これは何を意味しているのでしょう?罹患率の増加、そして、特に若年層の結核も決して減っていない事実は、直近の壮年層からの感染、あるいは若年及び青年層間での感染も頻繁に起きている可能性を示し2)、更にこの事実から、結核の“感染源”が一般生活環境下のどこかに未だ把握されずに潜在している、と考えるべきではないでしょうか。
日本での結核を減らし、最終的に撲滅を図るには、この見逃されている感染源を迅速且つ的確に確認し、それに適切な医学的、社会的、政治的対策を講じ、そして除去することがこれからの最重要課題と言えるでしょう。
ともあれ、結核予防において感染源への対策が非常に重要であることを理解するには、先ず結核という感染症とその原因菌(結核菌)の、特異な性状を理解する必要があると考えられます。

結核と結核菌

結核は"結核菌"の感染によって起こる病気(感染症)です。もちろん人が結jに感染するには、その人が結核菌と呼ばれる細菌に接触し、直接体内に取り込まなければなりません。 その主な侵入経路は通常呼吸器からなので、結核に感染するには、我々の生活環境のどこかで存在している“生きた結核菌”に遭遇し、その菌を吸入しなければならないことになります。
ではそのような結核菌はどこから由来し、またどこに生存しているのでしょうか?
この感染源となる結核菌は、そのほとんどが既に感染の成立している結核患者の排出する“喀痰 など”に由来しているのです。
結核菌は他の病原菌と異なり、乾燥、熱などに対する抵抗性が比較的高く、従って、体外に排出された喀痰が乾燥してもすぐには死なず、空気中に散乱した微細なチリなどに付着して生きながらえているのです。これが呼吸器を通じて吸い込まれると感染が起こり、感染した人の一部で結核と言う病気を発病することになります。
色々な因子の結核発病への関与が知られていますが、結核菌は病原性も高く、吸入した菌の数が多ければ発病する確率は高まり、更に第三者へ感染を広げることになります。
かつては、BCGワクチンの接種が強制的に施行されていましたので、大多数の人に免疫ができていましたが、任意接種となった現在では、若年層を中心とした多くの人に結核に対する免疫が無く、罹患率増加の遠因と考えられています。そして特に非特異的な抵抗性、免疫能が低下しているような場合(今、HIV感染者への感染や栄養不良、高齢による抵抗性の低下などが問題視されています)、結核を発病する可能性は非常に高くなります。従ってこのような状況下では、感染者を減らす対策をとらない限り、結核の撲滅はまず期待できないと言えるのです。
 現在、日本で結核が減らないどころかむしろ、新規登録患者数が増加の傾向にあると言う事実は、現在広く使用されている検査技術では感染源が早期に確認できず、また排菌患者の治療途中の退院などと相まって、感染が人口の各層で続いていることも一因ではないかと考えられるのです。
 結核撲滅対策で最も大切なことの一つは、潜在している感染者をとにかく早く見つけること、つまり感染源となる患者をいち早く確認し、そして適切な治療を施すことにあると言えるのではないでしょうか。

日本の結核対策の現状

日本の結核の過去、現状に応じ、厚生省及び結核研究所などが主体になり色々な対策が講じられ、そして、結核対策に関係するみなさんの懸命な努力が傾注されてきたことは言うまでもないことと思います。
また、行政的にもそれに比類する努力がはらわれつつあります。予算をみても、1999年には結核対策推進費として111億円が計上され(2000年には503億円6))、疾病対策の重要な施策の一つと見なされています5)。
しかしながら、現実として、結核の新規登録結核患者数が減らないばかりか、増加の傾向を示し始めている事実をどのように考えたら良いのでしょう?
それは過去、現在の結核対策に、何か大きな見落としがあるからなのでしょうか?
既に述べましたように、現在、新規登録結核患者数の増加がみられるようになっています。これは迅速且つ正確な診断が行われていないために、結核菌を排出している患者を見逃していることが一因と考えられ、そして、その最大の原因の一つは結核診断、特に検査技術の立ち後れにあると考えられます。
日本のこれまでとってきた結核対策が、世界的時流から遅れつつあると最近指摘されていますが7)、特に勘案しなければならないのは、結核検査技術の近代化であると思われます。なかでも結核菌培養技術の立ち後れと、その立ち後れが結核医療関係者/検査に従事されている方々に、十分理解されていなことであると考えられます。また、検査技術の近代化の必要性が行政的にも十分理解されていないのか、治療には注力しても、検査はあまり重要視されていないように思われます。
現実に、欧米では既に液体培地と、固形培地(小川培地)を併用した検査が主流となっているにも関わらず、日本のほとんどの検査室では、未だ固形培地(小川培地)のみが使われ続けています。このことからも結核に関しては技術面、施設面、安全面において、ほとんどの日本の検査室が、欧米のレベルには達していないと思わざるを得ません。
そしてこの事実が、新規の感染者を増やす一因と考えられます。
もちろん、どの液体培地を使用しても100%間違いなく結核菌を検出できる保証はありませんが、既に、明らかに優れた培地や技術が存在する訳ですから、それを利用しない手はありません。
経済的な理由もあって、固形培地(小川培地)のみの検査が続けられていると考えられますが、今後は結核菌検査技術の近代化のために、強力な技術的/行政的指導の必要性が感じられます。
繰り返しになりますが、この結核検査技術の遅れが結核の迅速診断を困難にし、結果として患者を見逃しているのです。
そして、排菌をしているにも関わらず検査で確認できなかった、または確認に手間取っている患者が結核の感染源として危険なことは、最近の文献でも再び指摘されています。

新しい結核菌培養技術

正確かつ短時間に結核菌を患者から検出し、更に適切な医学的、疫学的対処を施して感染源を除去することが結核予防、ひいては結核撲滅の一助になることは明らかです。そしてそれを可能にする新しい技術の一つがMGIT(Mycobacteria Growth Indicator Tube)法と呼ばれるものです。
これは液体培地を使用し、発育探知に新しいテクノロジーを応用した自動化可能なシステムで、感度の面でも、培養時間の面でも固形培地(小川培地)より優れ、検体からの結核菌を含めた抗酸菌の培養、感受性試験が可能です。
適当な同定培地や分子生物学的手法を併用すれば抗酸菌の同定にも応用でき、広く世界的に使用されています。



日本の10施設で行われた共同評価データ8)から、以下のような評価結果が得られています。

・喀痰などからの全抗酸菌の検出率は、MGIT法は小川法に比べ、4.1〜11.6%高かった。
・MGIT法は小川法に比べ、結核菌群では約20%、非結核性抗酸菌群では約30%高い検出率を示した。
・塗抹陰性検体での菌検出能力では、MGIT法が小川法より優れていた。
・MGIT法は小川法に比べ、結核菌群では5〜12日、非結核菌群では10〜24日早く菌を検出した。



液体培地を使用した検査を行うためには、試験者の安全を考慮する必要があるため、施設や設備も整えなければなりません。
しかしながら、欧米諸国に追いつき結核の撲滅を目指すことは日本の将来を考えれば自明の理であり、そのためには先ず、検出感度の高いそして迅速な検査体制を整えるべきではないでしょうか。

参考資料/文献 一覧

1) 結核の統計1998. 厚生省保険医療局結核感染症課監修 結核予防会出版 1999

2) 石川信克、 統計から見た日本の結核−結核の統計1998年版を読む 複十字, 265:1-6, 1999

3) 平成9年結核発生動向調査年報集計結果(概況)
http://www.mhw.go.jp/toukei/kekkaku/tk0922-1_11.html

4) Behr, M.A., et al., Transmission of Mycobacterium tuberculosis from patients smear-negative for acid-fast bacilli Lancet, 353(9151) : 444-449, 1999

5) 平成11年全国厚生関係部局長会議資料(予算概要)
http://www.mhw.go.jp/topics/h11-kyoku_2/hoken-ir/tp0120-1f.html

6) 平成12年度厚生省予算案の概要(結核対策等の推進)
http://www.mhw.go.jp/search/docj/houdou/1112/h1224-2_3.html

7) 森 亨(結核研究所長)、 日本の結核の現状と問題提起 1999
  http://www.jata.or.jp/rit/rj/TEIKI.HTM

8) 螺良 英郎(大阪病院長)、MGIT法 抗酸菌の迅速検出法 1999
http://www.jata.or.jp/rit/rj/tubura.htm