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MRSA 感染症削減の経済効果について

必見!諸外国の医療経済事情
2010年10月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

MRSA 感染は世界的に憂慮されている感染症の一つであり、これを削減することは医療経済的にも大いに意義がある。
そこで今回は、その経済効果について考察する。
まず、感染制御の教育・実践に長い歴史を持ち、かつ、近年MRSA 感染症を積極的に削減している英国の状況を示す。英国では国営医療サービス(NHS)が感染制御の実施状況も含め監督し、病院ごとの感染対策の前年度実績に基づき、年間運営予算を配付する。もし病院が感染対策予算枠内で感染対策を徹底し、院内感染による損失を減らすことが出来れば、その対価として自由予算枠を増やすことができる。
以下に、英国北部の病院を例に挙げ、関連するプレスリリースから状況を示し、次に本邦の現況を紹介する。

I. Blackpool, Fylde & Wyre 病院における事例(緊急入院患者に対するMRSAのPCRによる診断)

1)予備研究(Pilot Study)

2008年2月に、信託医療施設の本病院理事会は、ポリメラーゼ連鎖反応手法(PCR法)を用いてメシチリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の検出を行なう6カ月間の研究を承認した。この研究の目標は、2006-2007年には854件あった創傷部位のMRSA感染を20%減らし、同期間に52件あったMRSA菌血症を40%減らすことであった。
研究は2008年3月11日に開始され、すべての緊急入院患者(MRSA陽性の有無は未確認)に対して、PCR法によるMRSA迅速検出を実施した。研究期間中に、毎月1,500人の患者を病院のコスト負担でスクリーニングした。

2)MRSA 感染症の減少

図1 MRSA Infections March to August 2006/2008
図1 は、過去3 年間の、各年度ごと6カ月間(3月〜 8月)のMRSA感染の件数を比較したもので、相当程度減少したことが見て取れる。

2006/2007年から2008/2009年ではMRSAの創傷感染が38% 減少
2006/2007年から2008/2009年ではMRSAの菌血症が63% 減少

3)MRSA感染症減少による医療費削減予想額


表1. 2007/2008 MRSA感染症件数と医療費の節減
創傷のMRSA感染症に関わる医療費の分析から、MRSA菌血症/術創感染1件当たりの医療費は(入院期間の延長を主因として)およそ3,800〜4,000ユーロになることが示唆されている。
2007/2008年にMRSA感染症件数が減少したことにより、医療費の節減が可能となった。(表1)

PCR法による迅速検出は、発色基質培地試験等に比べて感度が高く、また検出結果を短時間で得られるので後の迅速な対応も可能となり、感染機会を大幅に減少させることができたと考えられる。
発色基質培地試験等では結果が判明するまでに24〜36時間を要することから、この間に患者の隔離、及び接触感染予防策等の徹底が必要である。
MRSA感染症予防のコストと成果は、その診断方法、及び結果が判るまでの入院患者の管理によって決まると考えられる。

4)評価

英国国営放送(BBC)により委託された患者調査から、回答者の40%が国民医療サービス(NHS)の懸念事項の上位に、MRSA感染のように死を招く可能性がある感染症を挙げていることが2008年6月に判った。 英国北西部にあるNHS 施設の中で全緊急入院患者(MRSA陽性の有無は未確認)に対して初めてMRSA検査を実施することは、当施設の評価が著しく高まり、周辺地域住民にとって当施設が第1選択枝となるという目標に叶うものである。PCR法による迅速検出は、主要な競合施設とは明らかに異なることを示すセールス・ポイントとなっている。 逆に云うと、緊急入院/転院患者に対しPCR法によるMRSAの迅速検出を中止して、その結果MRSA 感染率が上昇すれば、評価が下がるリスクは相当に大きいと思われる。 MRSA検査を受けたことと検査結果を告知されることにより、緊急入院患者も安心する。 また、当施設は英国の数十の病院機関から、PCR法による検査方針の提供を求められている。 医療制度、及び診療・治療方法の異なる日本では、MRSA感染症削減の経済効果は英国他諸外国のデータとは異なる。 しかし、日本の診療報酬体系の中でも、MRSA感染症の経済的影響について考察することは重要と考える。

II. 日本における事例


表2. MRSA 感染例と非感染例の診療報酬比較 (資料提供を得た 5 施設全症例からの集計)
2008年度Methicillin-resistant Staphylococcus aureus 病院感染症サーベイランスより

H. Kobayashi, et al., 環境感染誌 Vol. 25 no 2, 2010

 表2は、本邦におけるMRSA 感染症の診療報酬に対する影響について考察した数少ない文献からの引用である。これを見ると、MRSA感染例と非感染例では在院日数、総診療報酬/症例数が大きく異なることがわかる。
また、国民衛生の動向によると、1日平均新入院患者数は一般病床で 37,057(2007年)であり、この内、MRSA感染例の割合である0.6%(上記文献より)が罹患するとすれば、1日平均の新MRSA感染症例は222例となる。
表2を基にMRSA感染症例による余分な診療報酬を、非感染症例と比較し計算する。感染例1例に掛った診療費の平均58,744円×81.12日=4,765,313.3円から非感染例1例にかかった診療費の平均53,532円×15.05日=805,656.6円 を差し引いた金額(4,765,313.3円−805,656.6円=3,959,656.7円)がMRSA感染症1例に関わる超過医療費となる。
年間のMRSA感染症が原因の超過医療費は、1日平均の新MRSA感染症例数と 365日をかけたものとなり、3,959,656.7円(MRSA感染症1例分の超過医療費)×222人/日(1日の平均新 MRSA感染症例数)×365日=320,850.982,401円となり、日本全体で、約 3,200億円の超過医療費が掛っていると推定される。
MRSA感染の対応に多大な医療費が掛っていることは容易に想像できるが、日本の診療現場でMRSA 感染症を削減することによる経済効果、及びその他の効果については具体的に議論されていない。
現在の日本の診療報酬体系では、一入院当たりではなく入院一日当たりの医療費を算定できるので、MRSA感染症で入院日数が延びても極端な収益悪化にはならない可能性が高い。つまり、これまではMRSA感染症を削減する積極的なインセンティブがなかった。しかし、本年4月より感染防止対策加算が診療報酬体系に盛り込まれ、感染症防止重視の新しい方向性が示された。もちろん、患者にとってのQOL低下を招かないことが前提となることは、言うに及ばない。
また、英国での事例のごとく、本邦においても高品質の感染制御によりMRSA感染症が少ないことを病院のセールスポイントにすることも可能であろう。
MRSA感染を防ぎながらの効率の良い診療が病院経営に寄与することは明白である。次回、DPC病院における経済効果についてシミュレーションを試みる。
(文責:日本BD 天野泰彦)