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Ignazzo Interview: 感染症診療のカギは細菌検査室とのコミュニケーション

市立堺病院感染制御チームの感染対策への取り組み
2010年10月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。


2010年10月

藤本 卓司 先生(市立堺病院総合内科部長)(写真中央)
平島 修 先生(市立堺病院総合内科)(写真左)
和泉 多映子 先生(市立堺病院 臨床検査技術科)(写真右)

感染制御チームは動きやすさを重視

図1:感染管理組織図
図1:感染管理組織図
Q:市立堺病院感染制御チーム(Infection Control Team:
ICT)の体制について教えてください。


藤本:当院のICT は1993年に発足し、活動を開始してから18年目を迎えました。現在では、医師3名(うちICD(Infection Control Doctor)2名)と、看護師5 名(うち認定ICN(Infection Control Nurse)3名)、薬剤師、臨床微生物検査技師、事務職員各1 名の計11 名で運営されています。位置付けとしては、どこかの組織の下部組織というわけではなく、完全に独立しています。
 更に、ICT の周りに13 名のリンクナースを配し、ICTと看護部の橋渡しをしてもらっています(図1)。当院のリンクナースは各診療科の看護部に属していますが、ICTとともに活動する体制をとっています。また、ICTのメンバーに院長、副院長を加えて感染症対策委員会とし、決定から行動まで時間的にムダのない組織編成としています。感染対策委員会に最高責任者である院長が所属しているので、様々な活動に対する許可がおりやすいというメリットがあります。また組織の構成にあたっては、形式主義に陥らないよう実質的に活動する職員だけを集め、情報共有と動きやすさを第一に考えました。組織が円滑に動くような仕組みを構築して、各診療科、各部門との連携をより強化したいと考えています。

情報収集は病棟ラウンドで行う

図2:ラウンド規約
図2:ラウンド規約
Q:ICTの病棟ラウンドはどのように行っていますか。

藤本: ICDとして私が必ず参加し、ICNからも2〜 3名、そして薬剤師と検査技師も参加し、通常はICTメンバー4〜5名で行っています。週に1 回の頻度で火曜日に行い、事前に確認事項を決めて、各病棟のリンクナースには、事前に調べた病棟の状況を報告してもらっています。リンクナースに報告してもらうのは、(1)MRSA(methicillin-resistant Staphylococcus aureus)やESBL(extended spectrum beta-lactamase)産生菌、その他の薬剤耐性菌が確認された患者の情報、(2)手術部位感染を起こしている患者の情報、(3)特定抗菌薬の使用状況 —— の3点です(図2)。


 毎回、90分間で10の病棟をすべて回るのですが、非常に限られた時間ですので、問題点を発見するための情報収集の場と考えています。短時間ですが、毎週回っていますので、蓄積された情報から、各病棟の感染症対策に関する傾向が見えてきます。
 また、毎週特に1 項目チェックポイントを決めています。感染管理に必要なアイテムがきちんと揃っているか、ゴミ分別ができているかなどですが、リンクナースには項目を伝えず、抜き打ちでチェックします。ラウンドしているICTメンバーが手分けをして確認し、必要な感染対策がとれていない場合はその場で注意をします。感染対策について、意識しながら行うことも大切ですが、忙しい中では無意識に行えるよう、環境を整えることが重要だと考えています。
藤本卓司先生写真
藤本卓司先生
Q:病棟ラウンドの確認項目として、MRSAやESBL 産生菌による感染症に重点を置いた場合、どのようなことに注意していますか。

藤本:感染症が、アウトブレイクなのかどうかの判断が一番大切です。まず、持ち込みか院内発生かを見極めます。当院では入院後72時間以内の検体かどうかで判断します。CDCは48時間で切っており、最近は48 時間のほうが主流ですが、1993年ICT発足時から72時間を市中と院内の区切りに使ってきましたので、ずっと72時間で区別しています。
 1株でもたいへんな耐性菌の場合、例えば多剤耐性緑膿菌は1株でも出れば、あるいは出そうになれば(2系統耐性と判明すれば)、すぐにアクションを起こさなければなりません。また例えばMRS がある病棟で今月3件院内発生し、同じ科だったということになると、その科の医師と看護師に集まってもらって、何が原因か話し合いを行います。分析が重要なわけです。ただ「気をつけてください」と言っても、何に気をつけたらいいのかわかりません。どこかに絶対原因があります。最初は「手洗いが不十分だったのでしょうか」とごく当たり前の努力目標みたいなことを皆さん言いますが、そこで終わらず日常の医療行為をよく考え直してみてもらうと本当の原因が出てきます。
 ラウンドは1時間半で10カ所を回りますから、単純に割り算すると9分です。移動時間を考えると6〜7分です。その間に耐性菌情報、血液培養陽性、使用前許可の要る抗菌薬を使っている患者の情報を聞くので、ほんとうに限られた時間しかありません。しかし毎週回っていると、この病棟はうまく行っている、この病棟はリスキーだということはわかります。


Q:病棟ラウンドによる感染対策がうまく機能した例にはどのようなものがありますか。

藤本:数年前の学会報告で、「ある急性期病院ではコンピューターのキーボードの約4 割にMRSA が付着していた」というものがありました。当院のコンピューターのキーボードを抜き打ちで検査したのですが、幸いにも、看護師が病室のベッドサイドで使用しているノートパソコンのキーボードからはMRSA が1株も発見されませんでした。普段からベッドサイドで使用しているパソコンは患者さんにいちばん近いコンピューターであり、汚染リスクが高いということを強調し、コンピューターカートには必ず擦式アルコールを置くように病棟ラウンドでチェックしていたことが、現場でも理解されていた結果と言えます。病棟での感染対策が、しっかり行われていることが明確になった良い例だと思っています。

感染対策で重要なリンクナースのモチベーション

Q:リンクナースの役割とうまく機能させるためのポイントを教えてください。

藤本:リンクナースは、各病棟、部門でのロールモデルであり、責任者でもあります。細菌検査の結果や抗生物質の使用状況は、ICNだけでなく、リンクナースにもリアルタイムで伝えられます。そのためには、リンクナースと病棟看護師の連携が、うまくとれていることが重要です。
 また、感染管理がうまくいっていないとき、「何をやっているのか」と注意を受けるのはリンクナースであり、逆にうまくいけば、「ここはうまくいっていますね。さすがですね」と、師長ではなくリンクナースを褒めることになります。責任も負ってもらう反面、モチベーションも高く持ってもらうことを目指しています。モチベーションの高いリンクナースのいる病棟は、すみずみまで的確な感染対策が行われていると感じています。

医師と細菌検査室との連携による感染症診療

和泉多映子先生写真
和泉多映子先生
Q:医師と細菌検査室との連携を大切にされている理由を教えてください。

藤本:一番の理由は、細菌検査は目に見える結果が出るので医師にとってもわかりやすい、ということです。細菌検査の報告書には、SIR判定(S:感受性、I:中間、R:耐性)結果が報告されますが、結果が出るまでに時間がかかります。
 感染症治療では発症初期の対応が重要ですので、検査結果をただ待つのではなく、まず細菌検査室でグラム染色結果や培養途中で得られる情報を確認することが大切です。


Q:細菌検査室からみた、医師との連携の利点を教えてください。

和泉:感染症が院内で拡がらないよう、他に優先して少しでも早く検査結果を提示するために、臨床現場の医師から患者さんの情報をいただけることは非常にありがたいと思いますし、院内感染予防のためのメリットにもなっていると思います。
 患者さんの状態や背景の情報が入ってくると、より早い段階でより多くの情報を臨床側に伝えられるため、臨床と細菌検査室の連携は大切だと改めて思います。
 患者さん個人の背景がわかれば、コロニーの段階でも、臨床対応で役立つ情報を担当医に伝えることもできます。例えば、患者さんが介護施設でおむつを使用されていたという情報があれば、コロニーを見て大腸菌と推定しても安心せず、ESBL産生菌の可能性もあると考えて検査することができます。
 また、少しでも早く情報が欲しいと連絡してもらえれば、そのように段取りを組むこともできます。特に、血液培養陽性症例は重症感染症である可能性が高いため、優先して結果を出して主治医とICN に報告しています。当院では血液培養の件数がとても多いのですが、私たちが重症感染症の第一発見者であるという意識を持って、優先して検査を行っています。
図3:血液培養数の増加
図3:血液培養数の増加
Q:血液培養数が多いとのことですが、今後も増えていくのでしょうか?

藤本:当院での血液培養数は1999 年は1,109件でしたが、2009年は6,751件となりました(図3)。
 注目すべきは、血液培養数が増えていても、陽性率が11〜13%で安定しているということです。不要な血液培養が増えているのではなく、必要な検体数がそれだけあるということがわかります。血液培養は、適切な件数に近づくまだ途中にあると考えています。


Q:医師と細菌検査室の連携の一環として、後期研修医の細菌検査室研修という取り組みが行われているとお聞きしましたが、どのような研修ですか。

藤本:当院では、総合内科の後期研修医のプログラムに、1週間の細菌検査室での研修を組み込んでいます。細菌検査の業務はとても奥が深いため、1週間ですべてを学ぶことはできませんが、臨床で医師が必要とする知識を得るためには十分な期間だと思います。後期研修医には、細菌検査室での研修を通して、検査がどのような過程を踏んで進んでいるのか、各過程でどのような情報が得られ、どのような落とし穴があるかを理解してもらいます。
 様々な症例の窓口となる総合内科に、細菌検査室での研修を終えた医師が数名いれば、診療のレベルが上がります。臨床医と細菌検査室が日常診療のコミュニケーションを取るだけでなく、後期研修医の細菌検査室研修を続けていけば、病院全体の連携が強まり、感染対策が適切に行えるようになるでしょう。

平島:細菌検査室での研修では、単にグラム染色の結果を見るだけでなく、培養2日目、3日目のコロニーなど、検査途中の情報を確認することができます。研修を受ける中で、培養途中のコロニーから推定される菌、あるいは起因菌とは考えにくい菌を除外するための項目も理解でき、臨床で使える細菌同定の知識が深まります。そのため、選択する抗菌薬を決めるための確かな情報を増やすこともできます。細菌検査室での研修を終えて思うのは、細菌検査室と培養途中の情報を十分にやりとりすれば感染症治療を行う上で常に抱いている不安を減らすことができるということです。細菌検査室との連携が確立していれば、感染症治療を安心して行うことができます。
 研修が終わった現在でも、可能な限り細菌検査室に足を運んで培養から得られる情報を教えてもらっています。報告書に記載される結果以外の情報が得られることも多く、臨床と細菌検査室との連携は非常に重要であると感じています。
平島修先生写真
平島修先生
Q:細菌検査室での研修は、臨床でどのように役立っていますか。

平島:細菌検査室で学んだ知識が臨床現場で即、役に立つものであったことにまず驚きました。1 週間の研修を経て、感染症に対する考え方が大きく変わったと思います。現在、
初期研修医の先生と一緒に診療にあたっていますが、細菌検査室研修で学んだ知識を伝えると、非常に興味を持ってもらえます。細菌検査室で学んだ知識を使った診療は、初期研修医にとっても重要な知識になり、初期研修医を指導する側としても得た知識を実践するいい機会になるといった形で活かされています。
 感染症の診療レベルは、臨床の医師と細菌検査室とがどれだけ連携することができるかで決まってくると思います。診察以外でも細菌検査室に通い、今までに経験してきた感染症症例の転帰を話し合っています。お互いの知識を高めることができますし、自分の勉強も進み、抗菌薬の使い方が自分の中で固まっていくと感じています。

学習会参加率を上げるための『間違い探し』

図4:学習会参加催促状
図4:学習会参加催促状
図5:学習会参加率
図5:学習会参加率
Q:ICT による学習会への参加率を上げるために、どのような働きかけをしていますか。

藤本:ICTによる学習会は、完全に同じ内容のものを4回行うことにしています。ICTの学習会で伝えていることはすべての職員に守ってもらわなければ意味がないので、全員が参加できるようにするための工夫です。
 また、4回行っても、1回も参加していない職員がいては意味がなくなってしまうので、出欠を取っています。同内容の学習会を3回行った時点で1回も参加していない職員がいると、本人と所属部局長に「学習会参加催促状」を送付します(図4)。本人と部局長にお願いをして、必ず4回目の学習会には出てもらうようにします。おかげで良い参加率となっています(図5)。

 半ば強制的に職員を参加させているので、内容も充実していなければならないと考え、工夫をしています。


Q:学習会で工夫している内容を教えてください。

藤本:学習会に参加してもらうには、学習会の内容が常に職員の興味をひくものでなければならないと考えて、数年前から動画による『間違い探し』を作成しています。
 ICTのメンバーが、日常診察でよくありがちな感染対策上の『間違い』を含んだ動画を流して参加者に考えてもらいます。ご覧になった当院以外の施設の方にも好評を得ています。ただ、このクイズ形式を5年間続けて行っていますので、ICTの学習会をもっと興味深いものにするために、そろそろ別の方法を検討しなければとも思っています。
 学習会の質を維持するために予行演習を行います。予行してみると予定時間より長くかかるようなことがわかり、時間内に収まるように内容の調整を行うことがあります。リンクナースがプレゼンテーションを行いますが、原稿の棒読みになると聴取者が眠くなるため、家族を相手に練習を行ってもらったりもします。
 また、前の席が埋まっていると場の雰囲気が盛り上がりますので、前方に空席を作らないよう、ICTとリンクナースが手分けをして会場係も務めています。学習会を盛り上げようという雰囲気が職員全体で共有されていることも、参加率の高さにつながっていると思います。


学習会の内容のみならず、会を充実させ参加率を高く維持させるためにいろいろなご苦労をされていることが良くわかりました。本日はありがとうございました。