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I's eye: RSウイルス RSV (Respiratory Syncytial virus)

2012年10月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

 下気道に、年令を問わずに顕性感染*a をすることで知られています。特に生後数か月の乳幼児にとって重要な病原体で、流行は、例年12 月をピークとして11 月~ 1 月に見られますので、冬季に多い感染症と言えます。
 鼻や目からも侵入して、数日の潜伏の後下気道に達し、細気管支炎、肺炎なども引き起こします。
 感染するとカゼ様の初期症状の後に咳、呼吸困難などの下気道症状を示すようになりますが、基礎疾患のある乳児や、未熟児の場合さらに症状は重く、悪化します。また高齢者でも同様に、重い症状を示すことが往々にしてあります。

ウイルス粒子

 組織培養では、感染によって巨大な多核細胞を出現させる1 本鎖(-)RNA*b ウイルスで、パラミクソウイルス科(Paramyxoviridae)ニューモウイルス属(Pneumovirus)に分類されています。
 直径80 ~ 350nm の大きさで、エンベロープを有して、表面には細胞への吸着、及び膜融合を担う10 ~12nm のスパイクを見ることができます。

人からの分離、命名

 1956 年、Morris らによって、チンパンジーに急性の呼吸器疾患を引き起こす細胞変性因子が報告され、チンパンジーで鼻感染の症状が観察されましたので、彼らはこの因子をChimpanzee Coryza(鼻感冒) Agen(t CCA)と命名しました*1。
 同年、Chanock は乳児にひどい咳を伴う喉頭炎と細胞変性作用を現す新しいミクソウイルス(Myxovirus)との関連について記し、このウイルスがサルの腎臓細胞を使用した組織培養で、独特なスポンジ様の細胞変性を引き起こすことを報告しました*2。
 1957 年、Chanock らは重篤な下気道疾患の乳児から、類似のウイルス分離を2 例報告し、CCA に感染したチンパンジーと過ごした人に、気道感染の症状を認めた事例なども勘案して、CCA が人に感染して下気道に症状を引き起こすものと考え、CCA をRespiratory Syncytial virus と命名することを提案しました*3。
 尚、CCA と呼ばれた因子は細胞融合を起こしますので、呼吸器respiratory と共に、合胞体を表すsyncytium*c を含んだウイルス名、Respiratory Syncytial virus(RSV)とされた訳です。

感染メカニズム

 これは染色体RNA 上のORF、及びそれぞれの発現したタンパクの機能を表しています。
 RSV は気道の上皮細胞に、特に親和性が高く、G タンパクを介して上皮細胞表面に接着、感染して増殖し、細胞を破壊するものと考えられています。
 近年、F タンパクが感染細胞表面に発現するTLR4*d に結合して、核内転写因子であるNF-kB*e を活性化しているらしいことが示されました*4。転写因子の機能によって色々な炎症性サイトカイン、またその他のケミカルメディエーターの放出が制御され、結果として、細胞障害を引き起こしていることが容易に想像できます。
 但し、TLR4 への結合によって本質的な感染防御能も惹起され、下気道を含む気道内でのウイルス排除が促進されるとの記載もあり、染色体上の、そのほかのタンパクの機能も相まって、複雑な病態が維持されていると考えられますが、詳細は明らかになっていません。

診断

 呼吸器由来の分泌物からウイルスを直接分離するか、ウイルス抗原を検出する方法、あるいはPCR 法があります。ウイルスを分離する場合は、感受性のある適切な細胞株を使用してこれに検体を接種し、数日後の細胞変性効果から判定することになります。ウイルス抗原を検出する方法として特に近年、イムノクロマト法による複数の迅速診断キットが提供されており*5、短時間での簡便な検出が可能となっています。

感染予防

 ワクチン開発が過去30 年来続けられていますが、不活化ワクチンであっても、なぜか接種者の方が重症化すると言った事例もあって、未だ成功に至っていません。
 院内感染も含め、RSV の伝播は、主に咳などによる飛沫や分泌物に汚染された手や物に接触することによりますので、湿性の生体物質を感染性があるものとする標準予防策*6 に従って、先ずは日常の手洗いを励行し、清潔を保つことが肝要です。尚、目からも感染の可能性があるため、鼻と口を覆うだけのマスクでは効果は限られるようです。
 ところで、予防薬としてパリビズマブ(Palivizumab)が、わが国でも2001 年に承認されています*7。
 これはウイルス表面に発現するF タンパクに対するヒト化モノクローナル抗体で、RSV の細胞内への侵入を抑制することによって感染防御を担います。
 流行期間中の投与を求められますが、月一度の筋肉内投与によって予防効果が期待でき、特に、早産児や基礎疾患のある乳児などに使用が推奨されます。但し、費用がかかりますので、コスト面での問題は残ることになります*8。

治療

 抗RSV 薬としてはリバビリン(Ribavirin)が米国において認可されるのみで、他に治療薬として認可されているものはありません。広範なウイルスに効果を現すリバビリンですが、動物実験で催奇形性が示されたことなどもあり、副作用を危惧して、わが国ではC 型肝炎への認可にとどまっています*10。  ところで、その他にも抗RSV 物質に関する報告が種々あり、抗RSV 薬としての提案がなされています。  その第一がアンチセンス薬、すなわち染色体RNA 上にコードされる特定のタンパクの発現を阻害する、プラスセンス鎖(mRNA)に相補的な配列(oligodeoxyribonucleotides:ODN)に関するもので、非構造タンパクをコードするNS1、NS2(NS1 とNS2 の結合部)に対するものと、RNA ポリメラーゼをコードするL に対するものがあります*11。  また、広義のアンチセンス作用と解釈できるRNA interference(RNAi)での抗RSV 作用に関する報告もなされ、リンタンパクをコードするP、及び膜融合を担うF に対するものと、NS1 に対する21~22 塩基の二本鎖RNA(dsRNA、siRNA*f)の効果が報告されています*12。特にNS1 に対するsiRNA は、インターフェロン(type1 interferon)の活性を高める作用も相まって、より効果の程は高いようです。  他方、抗炎症薬としての抗菌薬、特にマクロライド系抗菌薬の抗RSV 作用に関する報告もあり、大変に興味深いです。  Asada らはバフィロマイシン(bafilomycinA1)とクラリスロマイシン(clarithromycin)の作用について、これらがRas ファミリーの一つで細胞骨格の制御に関与し、RSV 感染にも関わるRhoA(Ras homolog gene family, member A)の活性化を抑えることによって、結果としてRSV の気道上皮細胞への感染も阻害するとしています*13。  siRNA は極めて低毒性で、且つ特異性が高く目的とするmRNA を破壊しますので、投与方法の工夫がなされれば、臨床対応の可能性は高いと考えます。  また評価された抗炎症薬としてのマクロライド系抗菌薬に、単独での高い抗RSV 作用を望むことはできないと思われますが、例えばクラリスロマイシンは、抗菌薬としての使用経験から十分に毒性の低いことが明らかですので、補助的な位置付けで他の薬剤と併用投与を行えば、ある程度の臨床効果が期待できるかも知れません。
(文責:日本BD 武沢敏行)



用語:
*a 顕性感染:感染により症状が現れた状態
*b (-)RNA:直接メッセンジャーRNA(mRNA)とならないm R N A の相補鎖
*c syncytium:融合細胞、癒合(ゆごう)した多核体
*d TLR4(Toll-like receptor4):細菌やウイルスの構成成分が結合して、主に本質的な感染防御能を担う開始部位の一つ
*e NF-kB(NF-kappaB:nuclear factor kappa B):転写因子として働くタンパクの複合体
*f siRNA:short interfering RNA、RNA 干渉(RNA interference)を担う22 塩基前後の二本鎖RNA(dsRNA)
参照 *1 ~ *13 CD ROM(I’ s eye 解説)に記載