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特集:医療機関における感染のアウトブレイクについて

2012年10月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

2012年10月
大久保 憲 先生
東京医療保健大学/ 大学院

はじめに

 多剤耐性菌による院内感染のアウトブレイクの報告が散見される中、いかに早期にアウトブレイクを察知するかということは、その後の感染の拡大を鎮静化させる上で大切なことである。その為には、医療スタッフに対して常に院内感染に関する知識の啓発をおこなう必要がある。また、院内感染のサーベイランスを確立させて、自施設の感染の「通常レベル」を認識することも大切である。この度、厚生労働省通知として「医療機関等における院内感染対策について」が発せられたので、改めて院内感染アウトブレイクについて考えてみたい。
(厚生労働省は医療関連感染あるいは病院感染などについて「院内感染」という言葉を使用している。本稿においては厚生労働省からの通知の解説が中心となるので「院内感染」の表現を使用する。)

1. 院内感染のアウトブレイク

 感染症のアウトブレイクとは、通常発生しているレベル以上に感染症が増加することであり、下記の状況から判断する1)

1) 関連する院内感染が複数例発生
院内感染の原点とも言える定義である。この判定方法は有用性が高い。
2) 同一の感染症が通常頻度より統計学的に有意に高い頻度で発生
医療施設での感染率のベースラインをあらかじめ把握しておく必要がある。そのためには継続的な院内感染サーベイランスをおこない、院内感染における発生状況を監視していなければならない。
3) 同一の臨床検体から同一の微生物の分離率が通常より統計学的に有意に高い
検体からの微生物分離状況を統計学的に検討することで判定できる。感染と保菌を区別できないという欠点がある。
4) 通常発生しないような特殊な感染が院内で発生
この判定は院内感染の専門家にとっては比較的容易である。

 感染のアウトブレイクと判定した場合には、臨床現場において如何に対処するかを考えておく必要がある。アウトブレイクの定義は科学的でなければならないと同時に、実践的で医療現場で役立つものでなければならない。

2. 厚生労働省通知に見るアウトブレイクの判定と対応

 このたび厚生労働省「院内感染対策中央会議」において院内感染対策についての提言2) がまとめられた。本提言を受けて、2011 年6 月17 日に厚生労働省医政局指導課長通知「医療機関等における院内感染対策について」3) が発出された。この中で、院内感染のアウトブレイクが初めて定義され、医療現場での対応に加え、保健所への届け出の目安も示された。

2-1. 院内感染のアウトブレイクを疑う基準
 1 例目の発見から4 週間以内に、同一病棟において新規に同一菌種による感染症の発病症例(以下の4 菌種は保菌者を含む:バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌(Vancomycinresistant Staphylococcus aureus: VRSA)、多剤耐性緑膿菌(multidrug-resistant Pseudomonas aeruginosa: MDRP)、バンコマイシン耐性腸球菌(Vancomycin-resistant Enterococci: VRE)、多剤耐性アシネトバクター・バウマニ(multidrug-resistant Acinetobacter baumannii: MDR-Ab))が計3 例以上特定された場合。
2-2. 医療機関内の初動対応
 アウトブレイクが疑われると判断した場合、感染対策委員会又はインフェクションコントロールチーム(infection control team: ICT)の会議を開催し、1 週間以内を目安にアウトブレイクに対する院内感染対策を策定かつ実施する。
2-3. 地域ネットワークへの支援要請
 アウトブレイクに対する感染対策を実施した後、さらに該当感染症の発生(上記の4 菌種は保菌者を含む)を認めた場合、院内感染対策に不備がある可能性があると判断し、速やかに協力関係にある地域のネットワークに参加する医療機関等の専門家に感染拡大の防止に向けた支援を依頼する。
2-4. 管轄保健所への報告
 医療機関内での院内感染対策を講じた後、同一医療機関内で同一菌種による感染症の発病症例(上記の4 菌種は保菌者を含む)が多数にのぼる場合(目安として10名以上となった場合)または当該院内感染事案との因果関係が否定できない死亡者が確認された場合においては、管轄する保健所に速やかに報告する。また、このような場合に至らない時点においても、医療機関の判断の下、必要に応じて保健所に連絡・相談することが望ましい。
2-5. 保健所の対応
 報告を受けた保健所は、当該院内感染発生事案に対する医療機関の対応が、事案発生当初の計画どおりに実施され効果を上げているか、また地域のネットワークに参加する医療機関等の専門家による支援が順調に進められているか、一定の期間にわたり定期的に確認し、必要に応じて指導及び助言をおこなう。その際、医療機関等の専門家の判断も参考にすることが望ましい。
さらに、保健所は、医療機関からの報告を受けた後、都道府県や政令市等と密接に連携をとる必要がある。
図1)アウトブレイク時の対応(多剤耐性菌を想定して) 資料6)より改変引用
図1)アウトブレイク時の対応(多剤耐性菌を想定して) 資料6)より改変引用

3. 院内感染への基本的留意事項3)

院内感染に対する基本的留意事項として、感染制御の組織化、ICT の設置、および施設内では対応が困難な事例に備え、医療機関間の連携について考えてみたい。

3-1. 院内感染への考え方と対応
1) 院内感染は、人から人へ直接、又は医療機器、環境等を媒介して発生する。
2) 地域の医療機関等でネットワークを構築し、院内感染発生時に各医療機関が適切に対応できるよう相互に支援する体制の構築が求められる。
3) 手洗い及び手指消毒のための設備・備品等を整備するとともに、患者処置の前後には必ず手指衛生をおこなう。
4) 速乾性擦式消毒薬(アルコール製剤等)による手指衛生を実施していても、アルコールに抵抗性のある微生物も存在するため、必要に応じて水道水と石けんによる手洗いを実施する。
5) 多剤耐性菌感染患者が使用した病室等において、消毒薬により環境消毒が必要となる場合は、生体に対する毒性等がないように配慮する。消毒薬の噴霧、散布、薫蒸や紫外線照射などは効果が不確実であるだけでなく、作業者への危険性もあることから、これらの方法については、単に病室等を無菌状態とすることを目的として漫然と実施しない。
 以上のごとく、院内感染は人および医療器具からのみならず、環境等も感染経路となり得る。また、速乾性擦式アルコール製剤に抵抗性を示す微生物が、医療関連感染から散見される現状があり、水道水と石けんによる手洗いの必要性も高まっている。
 これまで、消毒薬の噴霧、散布などについて、作業者への危険性も含めて否定的であったが、多剤耐性菌やNorovirus、Clostridium difficile など、環境整備も重要な微生物が問題視されていることから、生体に対して毒性が無いように配慮しながら環境殺菌の必要性も出てきた。
3-2. ICT の構成と役割
●病床規模の大きい医療機関(目安として病床が300 床以上)においては、医師、看護師、検査技師、薬剤師からなるICTを設置し、定期的に病棟ラウンドをおこなう。
●感染症患者の発生状況等を点検、各種の予防策の実施状況やその効果等を定期的に評価し、臨床現場への適切な支援をおこなう。
●医療機関内の抗菌薬の使用状況を把握し、必要に応じて指導をおこなう。
3-3. 医療機関間の連携について
●緊急時に地域の医療機関同士が速やかに連携し、各医療機関の院内感染に対して支援がなされるよう、医療機関相互のネットワークを構築し、日常的な相互の協力関係を築く。
●地域のネットワークの拠点医療機関として、大学病院や国立病院機構傘下の医療機関、公立病院等地域における中核医療機関、あるいは学会指定医療機関等が中心的な役割を担うことが望ましい。

4. 院内感染アウトブレイクの初期対応

 院内感染アウトブレイクに対応するためには、院内において早期にアウトブレイクを察知し、確認できる体制・能力を各医療機関が構築しておくことが重要である。
 
4 -1. 多剤耐性菌感染が発生した場合
 MRSA、VRSA、MDRP、VRE、MDR-Ab などが検出された場合には、感染症ではなく保菌状態でも重要な意義を持つため、アウトブレイクに準じた対応を取る必要がある。特に、院内で感染経路の特定と感染拡大防止に努める必要がある。保健所が通報を受けた場合には、地域の専門家と協議の上、立ち入り検査などにより、感染拡大防止に向けた必要な処置を講ずるべきである。
4 -2. アウトブレイクの特徴の決定
 アウトブレイクの原因となった症例の特徴は、医療従事者に対する聞き取り調査、病棟見取り図などを利用した部屋の位置関係、人の流れなどの調査で明らかにできる。
これらの情報から、感染拡大の特徴を絞り込んでいく。さらに、感染時期が単発的なものか、持続的か、拡大が続いているのか、終息に向かっているのかなどの判断をおこなう。

5. 微生物別のアウトブレイクの早期対応1,4,5)

 微生物別に、アウトブレイクを早期に疑うための留意事項を以下に示す。
5-1. メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(Methicillin-resistant Staphylococcus aureus : MRSA)
 Hospital acquired (healthcare-associated) MRSA(HA-MRSA) とCommunity-acquired (-associated) MRSA(CA-MRSA) がある。 
 MRSA の臨床像としては、外科手術後の患者や免疫不全者、長期抗菌薬投与患者などに日和見感染や腸炎、敗血症、肺炎などをきたし、高熱、血圧低下、意識障害、多臓器不全などに発展しやすい。重要な検体は、血液、喀痰、膿、便などである。CA-MRSA の場合には、皮膚軟部組織感染が主体であることが多く、該当する感染部位より検体を採取する。
 感染拡大防止に対する初動は、関連病棟全般の標準予防策の強化である。
5-2. バンコマイシン耐性腸球菌(Vancomycin-resistant enterococci: VRE)
 主に悪性疾患などの基礎疾患を有する易感染状態の患者において日和見感染症や術後感染症、カテーテル関連敗血症などを引き起こす。
 VRE 検出患者と同室の患者の尿、便、浸出液などの培養をおこなう。危険因子がはっきりしない段階では、関係している病棟等全般の標準予防策、接触予防策を順守する。
5-3. 結核(Mycobacterium tuberculosis: ヒト型結核菌)
 飛沫核感染(空気感染)を認め、健常者の場合10 ~20%程度が感染して発病するといわれ、初期感染の発病時期は2 年以内とされている。若年者や易感染者、高齢者での頻度はさらに高くなる。感染すると咳、痰、微熱が続き胸痛が出現する。
 感染の拡大防止には、接触者検診において、全血インターフェロンγ応答測定法whole-blood interferon gamma release assay(IGRA)(QuantiFERON®-TB2G クォンティフェロン
®-TB2G(QFT))陽性、あるいは、持続する咳嗽、不明熱、通常の抗菌薬に反応しない呼吸器疾患などの症例において、塗抹検査、PCR 検査、胸部X-P 検査などを実施する。その結果、
排菌の見られる開放性結核が疑われた時点で患者を陰圧室に収容する。医療従事者は該当患者と接する場合、N95 マスクを着用する。
5-4. インフルエンザ(Inuenza virus)
 患者や医療従事者での複数のインフルエンザ様症状の確認と迅速診断キットにてInfluenza A / B virus の診断により確定する。
 突然の高熱と頭痛、関節痛、筋肉痛などに加えて鼻汁、咽頭痛、咳などの上気道感染症状が見られ全身倦怠感などの全身症状も出現する。潜伏期は1 ~ 5 日( 平均3 日間) とされており約1 週間で軽快する。発症初期に感染性が高いことから多くは市中感染の形態を取る。
5-5. ノロウイルス(Norovirus)
 ノロウイルスは冬季を中心として、感染性胃腸炎症状を示す。潜伏時間は24~48 時間で、吐き気、腹痛、下痢、発熱(38℃以下)が主症状であり、通常3 日以内で回復する。
 感染経路は、食物を介した経口感染以外に、接触感染を主とするヒト-ヒト感染も少なくない。また、乾燥した嘔吐物の塵埃を介した感染も見られる。
5-6. 疥癬
 ヒゼンダニによる。潜伏期間は通常タイプの疥癬であれば4 ~ 6 週間、角化型疥癬であれば7 日前後といわれている。ダニの皮膚角質層内への侵入により激しい掻痒感を伴う。皮疹や掻痒感はダニの虫体や糞に対するアレルギー反応と考えられている。
 診断は擦過して得た検体を検鏡し、病原体を確認する。接触予防策が重要である。角化型疥癬患者を発端とした集団感染の場合には、症状がなくても潜伏期間にある感染者が多数存在することを考慮する。
5-7. アシネトバクター(Acinetobacter baumannii)
 世界的に多剤耐性化が進みつつある。複数の患者からのA. baumannii 分離や、抗菌薬感受性パターンの類似性に留意する。パルスフィールドゲル電気泳動(pulsed-field gel electrophoresis: PFGE)による検討も必要である。
 該当する患者や医療従事者のスクリーニング、病室環境や医療機器の細菌学的調査による感染経路の迅速な特定が重要である。
 多剤耐性のA. baumannii の場合は、患者の個室管理が原則となる。
5-8. クロストリジウム・ディフィシル(Clostridium difcile)
 原因不明の複数の下痢症の患者が存在し、CD トキシン(A/B) 検査陽性である場合に本症と診断する。専門機関に依頼してのpolymerase chain reaction( PCR) ribo typing などにより確証できる。CD による重症腸炎患者が発生した場合は、北米流行型のNAP1/BI/027 株も想定した検査と対策が必要である。
 特に高齢者や基礎疾患の重篤な症例および抗菌薬多用症例などの下痢症例は、早期特定と個室管理、接触予防策が必要である。
5-9. 緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)
 複数のP. aeruginosa 感染症例が存在した場合には、特に多剤耐性緑膿菌(multidrug-resistant P. aeruginosa : MDRP)に留意する。
 感染経路の迅速な特定と、人工呼吸器、加湿器などの器具表面汚染および洗浄室など湿潤環境汚染などの清浄化による制圧をおこなう。MDRP 感染症例、保菌例の個室管理は有用である。
 感染経路に関連する処置として蓄尿があげられる。また、流しのドレーンなどの湿潤な原因菌貯留部位(reservoir)は、除菌が不可能なことが多く、このような菌貯留部位からの交差汚染を断ち切る設備的対策、および手指衛生などの交差汚染対策が必須である。

6. アウトブレイク終息の確認方法

一番近い感染症例が治癒した以降に、該当原因病原体の潜伏期間の2 倍の日数が経過しても新たな感染症例が確認されなければ終息と言える。日常的にみられる感染症においては、病原体の検出率が通常レベルに戻った時点を終息と考えても良い。
しかし、院内感染においては感染時期の特定が困難であるものや、発症せずに保菌症例も存在することを考慮しておく必要がある。

7. まとめ

 アウトブレイク再発を防止するためには、早期の察知が最も大切である。その為には、医療スタッフに対して常に院内感染に関心を示すような意識付けが必要である。いつでも院内感染のアウトブレイクが起きる可能性があることを認識し、その効果的な対応策を検討することである。院内感染サーベイランスを充実させ、感染の「通常レベル」を把握させることも大切である。細菌検査室情報についてはICT にて解析し、アウトブレイク時の速やかな対応をおこなう事ができるように、対応手順などを明確化しておかなくてはならない。


文献
1) 大久保憲、一山 智、賀来満夫、木村 哲、河野 茂、森兼啓太、大原永子「. 微生物別、感染部位別院内感染発生時の報告のあり方に関する調査」. 厚生労働科学特別研究事業「国、自治体を含めた院内感染対策全体の制度設計に関する緊急特別研究」平成15 年度総括・分担研究報告書. 主任研究者 小林寛伊. 平成16 年5 月31 日 P39-51.
2) 厚生労働省医政局指導課「. 院内感染対策中央会議提言について」事務連絡. 平成23 年2 月8 日.
  http://www.hospital.or.jp/pdf/15_20110208_01.pdf
3) 厚生労働省医政局指導課長「. 医療機関における院内感染対策について」医政発0617 第2 号. 平成23 年6 月17 日.
  http://www.hospital.or.jp/pdf/15_20110617_02.pdf
4) 小林寛伊、菅原えりさ、竹内千恵、佐々木昌茂、吉田理香、黒須一見.
一般的アウトブレーク発生時の特定方法ならびに原因追求に関する指針案の作成-中小病院における主な病院感染症アウトブレークの迅速特定Quick Identification of Outbreaks. Journal of Healthcareassociated Infection 2010; 1: 35-39.
5) 小林寛伊. アウトブレーク発生時の特定方法ならびに原因追求に関する指針案の作成-感染症治療にはここでは言及せず-(2010 年案).
平成22 年度 厚生労働科学研究 総括研究報告書 2011.
6) 厚生労働省医政局指導課「医療機関等における院内感染対策について」改正の要点. 平成23 年6 月17 日.
  http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/i-anzen/hourei/dl/110623_4.pdf