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MRSA 感染症削減の経済効果について

必見!医療経済事情
2012年10月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

MRSA は今もって世界的に憂慮されている病院感染の原因菌の一つであり、この感染症を削減させることは医療経済的にも大いに意義がある。
本誌7 号において、先ずMRSA 感染症を減少させたときの経済効果に関して英国、及び本邦における事例を考察した。
今回は、本邦における最新の報告を基に、DPC 病院における経済効果についてシミュレーションを試みる。

I. 日本における最新の報告

表1 MRSA 感染症例と非感症染例の診療報酬比較
 表1 は、本邦におけるMRSA 感染症の診療報酬に対する影響について考察した数少ない報告からの引用である。これを見ると、MRSA 感染例と非感染例では在院日数、診療報酬/症例などが大きく異なることがわかる。また、国民衛生の動向によると、1 日平均新入院患者数は一般病床で 37,355人/日(2009 年)であり、このうち、MRSA 感染例の割合である0.42%(上記報告より引用)が罹患するとすれば、1日平均の新MRSA 感染症例は149 例となる。
 MRSA 感染症例による余分な診療報酬を、非感染症例と比較し計算する。感染症例1 例に掛った診療費の平均60,051円×87.6 日=5,260,467.6 円から非感染例1 例にかかった診療費の平均64,439 円×14.2 日=915,033.8 円 を差し引いた金額(5,260,467.6 円-915,033.8 円=4,345,433.8 円)がMRSA 感染症1 例に関わる超過医療費となる。
 また、年間のMRSA 感染症が原因の超過医療費は、4,345,433.8 円×149 人/ 日(1 日の平均新 MRSA 感染症例数)×365 日=236,326,417,213 円となり、日本全体で、約 2,360 億円の超過医療費が掛っていると推定される。
 MRSA 感染の対応に多大な医療費が掛っていることは容易に想像できるが、日本の診療現場でMRSA 感染症を削減することによる経済効果、及びその他の効果については具体的に議論されていない。

II. 日本の DPC 病院におけるシミュレーション

表2 500 床のDPC 病院モデル
 表2 のような500 床のDPC 病院をモデルにして、シミュレーションを試みる。
 モデルの状況より、年間の新規入院患者12,000 人のなかで、MRSA 感染症例の割合である0.42 % ( 上記報告より引用)が罹患するとすれば、年間50 人のMRSA 感染症例があることになる。
 このモデル病院での年間のMRSA 感染症が原因の超過医療費は、4,345,433.8 円(MRSA 感染症1 例分の超過医療費)×50 人(MRSA 感染症例数)=217,271,690 円となる。
 現在の日本の診療報酬体系では、1 入院当たりではなく入院1 日当たりの医療費を算定できるので、MRSA 感染症で入院日数が延びても極端な収益悪化にはならない可能性が高い。しかし、MRSA 感染症例を削減することで、国家総体での超過の医療費を削減できるばかりでなく、病院の受け取る診療報酬や平均在院日数にも影響があるはずである。
 ところで、これまではMRSA 感染症を削減する積極的なインセンティブがなかった。しかし、本年4月より感染防止対策加算が大きく増額され、厚生労働省より感染症防止重視の方向性がはっきりと示された。
 そこで、感染防止対策をさらに強化し、病院感染の削減にとりくむことの、病院への経済効果をシミュレーションしてみる。
表3 500 床のDPC 病院モデルでMRSA 感染例を半減したときのシミュレーション
 病院感染対策を拡充し、MRSA 感染症例を半減(50 人=>25 人)できたと仮定する。
 MRSA 感染患者が長期入院(87.6 日:上記報告より引用)しているはずだった病床が、MRSA 非感染症例の入院期間(14.2 日:上記報告より引用)で稼動できることになる。25 人分なので、稼動可能病床数日は1,835 増加する。病床利用率が変化しないと仮定し、平均在院日数で割ってみると、入院患者を121 人受け入れることができることになる。その増加する入院患者がMRSA 非感染症例としたとき、入
院患者増による診療報酬の増加は910,033.8 円(MRSA 非感染例の診療報酬:上記報告より引用) X 121 人=109,702,250 円となる。
 病院にとっては、MRSA 感染症例の超過診療報酬のうち半分が減ることになるので、差し引きすると109,702,250 円-217,271,690 円/2 = 1,066,405 円が診療報酬の増加分となる。
また、平均在院日数も約1% の削減が計算される。
 モデル病院でMRSA 感染症例を半分に(50 人から25 人に削減)することで、121 人の入院患者増、100 万円以上の診療報酬の増加、1% の平均在院日数減が認められることになる。もちろん、MRSA に感染していない患者のQOL は数字化できないが、感染者に比べて有意に高いことは想像に難くない。
 尚、施設により病床数、及び入院患者数、平均在院日数、MRSA 感染症数、並びに患者一人当たりの診療報酬平均等は異なるので、各種状況により施設に対しての経済効果は大きく異なると思われる。
 このシミュレーションはあくまでもモデル病院での計算結果ではある、しかしながら、MRSA 感染を防ぎながらの効率の良い診療が国家的視野での医療費削減と、多くの病院の収益の改善、並びに患者の高いQOL 維持に貢献することは明白であるといって、差し支えないと考える。
また、英国での事例のごとく、本邦においても高品質の感染制御によりMRSA 感染症が少ないことを、病院のセールスポイントにすることも可能であろう。
(文責:日本BD 天野泰彦)