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コラム:ワクチン Variolae Vaccinaeから現代へ

2022年12月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

「ワクチン接種の起源」
文献1より転載
 2006年のIgnazzo Vol. 4 に掲載されたエドワード・ジェンナーの記事に読者から質問を受けたことがある。エドワード・ジェンナーが「ワクチン接種の起源」というテーマで文章を発表したと書かれているが、そもそも「ワクチン」という言葉は後年ルイ・パスツールがジェンナーに敬意を表して名付けたのではないか?という質問である。すでに当時の文責者は引退しており、後輩の我々に「後は頼んだぞ!」と先輩から檄を飛ばされたような気になった。しかし1800年頃の話であるし、当時に「Vaccine」という言葉があったのかどうかは…ただジェンナーは「Inquiry」や「Further Observation」を自主出版したと書いてある。ここら辺を探すしかない。
 ネットの検索で見つかるわけがないと思いつつ…すると簡単に見つかった。

「On the Origin of the Vaccine Inoculation」、ちゃんと「ワクチン接種の起源」と書いてある1)。読者の方にはこの情報と1802年に出版された「Inquiry」には「VARIOLAE VACCINAE:天然痘ワクチン」という記載があるので、当時からワクチンという言葉があったことをお伝えした2)。しかし未だに自信がないのは、VACCINAEの語源である「VACCA」がラテン語で雄牛を意味することだ。もしかしたら「牛痘」あるいは「牛痘ワクチン」という意味に解釈すべきだったかもしれない。
 長らく種痘は牛痘株(Cowpox virus)と思われていたが、現代の天然痘ワクチンで使用されている「ワクチニア ウイルス」と呼ばれているものは牛痘ウイルスではなく馬痘ウイルス(Horsepox virus)により近いもの(99.7%類似)であることが分かっている3)。牛痘の水泡から得たワクチンが最初から馬痘ウイルスだったのか、どこかでワクチン株が入れ替わったのかはわからない。

 さて現代では、新型コロナウイルスという感染症により未だかつてないほど「ワクチン」という言葉を耳にする。これまでワクチンは進化し、弱毒化ワクチン、不活化ワクチン、トキソイドワクチン、など多種が存在するが、極めつけはmRNAワクチンであろう。ウイルスの遺伝子断片を体内に打ち込むわけであるから多少不安がある。しかもRNAの塩基の一つであるウラシルは「シュードウリジン」という物質に置き換えられているそうである。人工的な遺伝子なのかと思いがちだが、もともとRNAを構成する塩基の一つとして存在している物質でワクチンの安定性とタンパク合成効率に優れているようである4)。詳しく調べてみると人智が集積されているワクチンだと思えてくる。ある医療従事者から「××社のワクチンを接種したら、その会社の医薬品を無意識に処方してしまう遺伝子が組み込まれるかも…」というブラックジョークを聞いたことがある。これが現実になる程度の技術力がもたらされてもおかしくない時代である。
 折しも今年はmpox(旧名:サル痘(Monkey pox))が流行しており予防接種も検討されているが、天然痘ワクチン(ワクチニアワクチン)も効果があるようだ。ワクチンと抗微生物薬のおかげで感染症の世界が変わったと思う。

(文責:日本BD 吉田 武史)

引用: 1) Edward Jenner; On the Origin of the Vaccine Inoculation,Med Phys J. 1801 Jun; 5(28): 505-508.
    2) Edward Jenner; An inquiry into the causes and effects of the variolae vaccinae,1802
    3) Livia Schrick et al.; An Early American Smallpox Vaccine Based on Horsepox, NEngl J Med . 2017 Oct 12;377(15):1491-1492.
    4) Katalin Karikó et al.; Incorporation of Pseudouridine Into mRNA Yields Superior Nonimmunogenic Vector With Increased Translational Capacity and Biological Stability, Molecular Therapy vol. 16 no. 11, 1833–1840 nov. 2008