表1 院内感染防止に関する留意事項
図3 日本における安全器材の市場推移
賀来 日本の医療従事者の血液媒介病原体の感染対策のガイドラインをJagger 先生にお示しします。表1は厚生労働省が2005年に出した院内感染防止の指針です。医療従事者の職業感染の問題を重要視しており、マイルドな表現ではありますが、職業感染防止策としてリキャップの原則禁止、注射針専用の廃棄容器の設置、安全器材の活用を指導しています。この厚生労働省指針の通達以降、翼状針・留置針の安全器材の使用が増えていきました(図3)。とはいえOSHAの血液媒介病原体基準のような規制がいまだ日本にはなく、こうした実情を踏まえて日本の方向性についてご意見をいただきたいと思います。
高野 米国で法制化後に針刺し切創が大幅に減っていることから、法制化の意味は大きいと感じています。一方、日本でも翼状針・留置針は安全器材が多く使われているのですが、針刺し切創が大幅に減っているようには思えません。厚生労働省による指導以上に我々専門家の取り組みが重要なのでしょうか?
Jagger もし、今、市場に出回っている製品の50%が安全機構付きの針に替われば、針刺し切創は大幅に減りますし、残りの50%が安全機構付きの針に替わるのも時間の問題でしょう。従来型の針の使用率を低下させなければなかなか結果につながりません。米国ではOSHAによる監査があり、罰則もあります。OSHA が監査結果を公表することもあり、結果が芳しくなかった場合は「安全性における法律を守っていなかった」との批判も広がります。
満田 その反面、安全器材と称されている製品でも針刺し切創は完全になくなったわけではありません。結局、現段階ではどの国も、第三者が製品を評価して、医療従事者が中立な立場で正しい器材を選択できるような制度にはなっていませんね。
Jagger 第三者による評価を行っている国はないと思いますが、多くの国ではリサーチグループが複数の病院のデータを収集しており、データは多くの施設で使われています。また、たしかに安全器材であっても、針が付いている限り、針刺し切創は起こり得ます。ただ、初めて安全器材が登場したときには受傷率は約75%も低下しました。現在は90~95%低下しています。安全器材に慣れるためのトレーニングが必要であり、使い方に慣れてくれば受傷率は減ってきます。
賀来 日本の実情に合ったガイドラインを、厚生労働省、学会、専門家集団が共同で作り上げていくことが重要になってきますね。
満田 日本ではAIDS拠点施設を中心としている職業感染制御研究会のサーベイランスとは別に、国公立大学附属病院の感染対策協議会にも職業感染予防の作業部会があり、加盟大学病院のサーベイランスを行っています。今後、これら感染リスクの高い施設における安全器材の導入が針刺しのリスクをどう軽減できるかのアウトカムが出てくれば中小の病院への波及効果が期待できます。
賀来 日本と米国の状況は異なりますが、Jagger 先生から何かアドバイスはありませんか?
Jagger まず、理想的な「要件」が何なのかの合意が必要です。どのような器材を用いるかの合意が必要であり、専門家としてのコンセンサスを構築します。少なくとも1つのドキュメントのなかに意思決定者、そして様々な領域の第一人者が理想的な形は何か、どうあるべきかを謳うことも大切です。次にそのコンセンサスが得られた政策案をどう具現化していくかです。日本の体制のなかで専門家団体として何ができるのか、どこに圧力をかけるべきかを研究して実施していくことです。米国では医療従事者の組合が大きな力を持っており、その動向にはマスコミの注目も集まっています。