図4
MRSAは1980年代以降我が国の医療関連感染の大きな原因菌である。厚生労働省の行っているサーベイランスによれば、2010年における全耐性菌の89%がMRSAであり依然として高い割合であった
2)。MRSA対策が困難である理由の一つにその微生物学的特徴が挙げられる。MRSAを含む黄色ブドウ球菌は様々な環境に付着して長期間生息し、正常人の鼻前庭部にも20-40%定着する
3)。事例2においては患者周囲環境から50%の高頻度でMRSAが検出された。
特に熱傷患者周囲やモニターのアラーム音停止ボタンは注意すべき場所である。
松永らの報告では一般患者周囲のオーバーテーブルから2%の頻度でMRSAを検出し、さらに環境分離MRSAの抗菌剤感受性と遺伝学的背景は臨床分離株と類似していた
4)。
自験例でも環境由来株と患者検出株がPFGEにて一致しており、環境由来のMRSAが患者に伝播した経路は否定できない。MRSAは接触予防策の対象菌でありICTが行うべき感染対策は処置前後の手指消毒を徹底化する事である。一方、MRSA保菌または感染の患者数が増えると保菌圧が高くなるため感染伝播力が高くなる5)。そのため個人の手指衛生遵守率向上のみでは対応が十分でない場合もあり得る。
CDCガイドラインでは日常的な環境調査は不要とされるが、アウトブレイク時においては患者周囲の細菌調査によって環境汚染の状況を認識する事ができる。その結果として環境清拭・消毒が的確に行われ、MRSA保菌圧が低下することにつながり結果としてアウトブレイク終結に至ったと考えている。
今回、事例1において職員保菌調査を施行し、患者株と不一致のMRSA 陽性者を認めた。その結果については職員の個人情報であるため厳重に扱う必要がある。結果連絡は個人別に行い、陽性者には日常業務における注意事項を伝達したが、MRSA 除菌は施行していない。これ以降当院ではアウトブレイクを疑う事例においては環境調査を先行して行い、感染継続する場合にのみ職員の保菌調査を行う方針としている。
厚生労働省が定めた院内感染のアウトブレイク判断基準は1例目の発見から4週間以内に同一病棟で同一菌種による感染症が3例以上特定されるか、同一医療機関内で感受性パターンが類似した菌株による感染症が3例特定された場合である
6)。
2008年当時にはこの基準は示されていなかったが、当院ではMRSAを含む耐性菌が検出されると迅速に微生物検査室よりICTメンバーに報告が入る仕組みを行っており異常に気付く事ができた。菌種の総数をモニタリングするとともに、抗菌剤感受性パターンに注意する事がアウトブレイク早期察知に重要である。そのため微生物検査情報は医療関連感染対策に不可欠であると考えている。