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特集:高齢者施設に求められる感染対策とピットフォール

2024年4月発行

掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

沖縄県立中部病院感染症内科・地域ケア科 高山 義浩
沖縄県立中部病院感染症内科・地域ケア科 高山 義浩

はじめに

 新型コロナウイルス感染症の発生から4年が経過した。この間、とりわけ高齢者施設の現場は対策の最前線となり、介護従事者の方々は筆舌に尽くしがたい苦労をされた。多大な努力にも関わらず、多くの被害を出してしまった高齢者施設も少なくない。
 しかし、以前のような悲壮感は薄れてきている。確かに、オミクロン株の定着とワクチン接種の推進によって、重症化する高齢者が減ってきているとの臨床的実感はある。ただし、免疫機能が低下している高齢者は、感染症に罹患しやすいだけでなく、基礎疾患の増悪も含めて重症化しやすいことは変わりない。高齢者施設を安心して長く暮らせる場所にするためには、適切な感染対策を実施しながら、入居者を感染症から守っていくことが重要である。
 本稿では、パンデミック後も高齢者施設において求められる感染対策について解説する。ただし、介護の現場は多様であり、一律に方針を決めることは困難である。個々の状況に基づいて、施設ごとに判断いただければと思う。

標準予防策を堅持する

 標準予防策とは、血液、体液、汗以外の分泌物、排泄物、そして損傷のある皮膚や粘膜に触れるとき、感染性の病原体の可能性を考慮して、リスクに応じた適切な感染対策を行うことである。あらゆる感染対策は、この標準予防策が適切に行われていることが前提となる1)
 特に、身体ケアに関わる病原体の伝播としては、手指を介する経路を断つことが重要である。業務にあたる介護者は、擦式アルコール製剤による手指衛生を基本とし、血液や体液など目に見える汚れが見られるときには、流水と液体石鹸による手指衛生を行う。
 また、血液、体液(汗を除く)、排泄物、損傷のある皮膚や粘膜に触れるときには、感染性の病原体が含まれている可能性を考慮し、手指衛生を行ったのちに使い捨ての手袋を着用する。手袋を外すとき病原体に手指が汚染される可能性があるため、適切に着脱するとともに、直後に改めて手指衛生が必要となる。

感染防護具を適切に着用する

抗菌薬投与前の実施事項

 利用者の分泌物や排泄物などが飛散して鼻や口を汚染しそうなケアや処置時には、介護者はサージカルマスクを着用する。また、目が汚染される可能性があるときは、アイゴーグルなどにより保護する必要がある。
 入居者に発熱や咳嗽などの症状を認めているときは、介護者がマスクを着用するだけでなく、本人にもマスクの着用を求める。本人が確実にマスクを着用できるのであれば、アイゴーグルなどによる目の保護は必ずしも求められない。
 なお、COVID-19やインフルエンザが地域で流行しているときには、高齢者が集まる場所では全ての人にマスクを着用していただいて、感染拡大のリスクを減らすことが望ましい2)。ただし、認知症や基礎疾患の状態などにより、マスクを継続して着用することが困難な入居者については、ことさらにマスク着用を強要しないようにしたい。

グローブ

 健常な皮膚に対するケアであればグローブを着用する必要はない。一方、褥瘡など創傷があるときや感染を認める皮膚に触れるときは、グローブを着用してからケアや処置にあたることが望ましい。介護者の手指に創傷があるときにも手袋を着用する必要がある。
 ウイルス性胃腸炎など接触感染しうる感染症に入居者が罹患しているときには、ドアノブを含めて室内環境全体が汚染されている可能性を考慮して、入室前からグローブを着用することが望ましい。

エプロン、ガウン

 口腔内の吸引、オムツの処置など、血液・体液・排泄物で介護者の衣類や露出部位が汚染される危険性があるときは、原則としてビニールエプロンを着用する。エプロンを脱ぐときには、露出している上腕の汚染も考慮した、適切な手指衛生が求められる。
 入居者に急性の嘔吐や下痢を認めるとき、接触感染しうる感染症に入居者が罹患しているときは、室内環境全体が汚染されている可能性を考慮して、入室前から手袋に加えてエプロンを着用することが望ましい。さらに、前腕まで汚染されるリスクがあるときには、袖のある使い捨てのガウンの着用が必要となる。

集まる場所では換気する

 エアロゾル感染対策の基本は、密集を避けることである。高齢者施設で密集しがちな場所として、デイルーム、浴室、送迎車内などが挙げられる。
できるだけ滞留人口を減らす工夫をするとともに、空間をなるべく広く活用することも、密集を避ける具体的な方法である。たとえば、デイルームの机と机の距離を拡げて、廊下まで展開するといった方法が考えられる。
 そのうえで換気扇による常時換気を行う。デイルームで室内人数が増えるなどして、換気が不十分と考えられるときには、窓開け換気を追加する3)。なお、近年、CO2モニターが安価に販売されており、これにより室内のCO2濃度が800ppm未満であることは参考指標となる4)。ただし、CO2濃度とCOVID-19集団感染のリスクを関連づけるエビデンスは限られている5)
 さらにエアロゾル感染対策を補助する方法として、空気清浄機のHEPAフィルターを追加したり、ウイルスを不活化する紫外線殺菌照射を組み合わせたりする方法もある6)。これらは、十分な換気効果が得られにくい脱衣所などの閉鎖空間において検討される。

集団発生の事例から

 以下に紹介するのは、とある有料老人ホームにおける架空の集団感染の事例である。下線が引かれている部分が、しばしば見受けられる集団感染に繋がりかねないピットフォールと言える。

入居者40人の有料老人ホーム。看護師は常駐していない。
80代の入居者Aが発熱した。①COVID-19の抗原検査を実施したが陰性だったため、COVID-19ではないと考えて解熱剤を内服させて様子をみることとした。なお、②この入居者は久しぶりに一時帰宅して、3日前まで親族たちと過ごしていた。
入居者Aが発熱した2日後より、同一フロアで発熱する入居者を認めるようになり、3日後には5人にまで増えた。抗原検査を実施したところ、5人のうち入居者Aのほか2人が陽性だった。抗原検査が陽性だった3人は個室内に隔離したが、陰性だった2人については、③解熱剤を飲ませると元気だったので、そのままデイルームの利用を認めることとした。
数日後、フロアで働く職員Bが発熱し、近隣の診療所を受診した。抗原検査が陽性であり、5日間は仕事を休んだ方がよいと医師より伝えられた。その5日後、④当該職員には微熱と風邪症状が残っていたが、他に迷惑をかけたくないと勤務を再開した。
その後、この職員がケアにあたっていた入居者が次々と発熱した。終息までに入居者の半数近くの18人が発症し、このうち4人が状態を悪化させて救急搬送された。



①抗原検査で感染は否定できない

 COVID-19やインフルエンザの抗原検査は、発症日の感度は必ずしも高くなく、感染していても偽陰性となるリスクがある。このため、発症日に検査して陰性でも感染を否定してはならない。検査感度を高めるためには、感度が高い発症から3日目前後に再検査を行う。それでも偽陰性はありうるため、有症状者については感染性があるものとして対応する必要がある。

②外泊後の発熱は隔離を前提とする

 COVID-19やインフルエンザが地域流行している状況では、入居者が外泊先で感染して施設に戻ってくる可能性がある。特に子や孫の帰省など多人数が集まるイベントに参加した場合の感染リスクは高いと考える。よって、外泊後1週間程度は症状を観察し、発熱や風邪症状を認めたときは、検査結果によらず、他の入居者との接触がないよう隔離する。

③有症状者のデイルーム利用は控える

 発熱や新たに出現する咳嗽を認めている利用者については、COVID-19やインフルエンザの診断によらず、できるだけ室内で療養いただくことを原則とする。これは施設内における感染拡大を防ぐだけでなく、本人の安静を保つことで療養環境を保つことでもある。ただし、トイレが自室内にない場合には、マスク着用のうえで利用を認めたり、入浴は最後の利用としたりするなど、柔軟な対応は検討したい。

④症状が残っているときは仕事を休む

 COVID-19では、発症後3日間は、感染性のウイルスの平均的な排出量が非常に多く、5日間が経過すると減少するとされる。このため、厚生労働省は、発症後5日間は他人に感染させるリスクが高いことから、外出を控えるよう推奨している7)。ただし、症状が軽快して24時間程度が経過するまでは、外出を控えて様子を見ることを推奨しており、症状が続いている場合は、仕事を休むことが望ましい。特に介護などで密着するケアにあたる場合には、マスクを着用するなど感染対策を心がけたとしても感染を拡げる可能性が高い。社会福祉施設における隔離期間の考え方について、図1に整理している。職場に余力があれば、7日間の就業制限とすることが望ましいが、発熱が24時間なければ6日目以降の就業は可能である。ただし、確実なマスク着用や手指衛生を遵守していただくことが条件となる。また、発症10日目までは、事務作業を中心とし、食事介助や入浴支援など密接になりがちなケアは避けていただいた方が良い。
図1 COVID-19陽性者の隔離期間の考え方
図1 COVID-19陽性者の隔離期間の考え方

おわりに

 高齢者施設における感染対策の基本的な考え方とピットフォールについて、筆者の現場指導の経験をもとに紹介した。それぞれの施設における医療資源や人員配置には違いがあると考えられるので、ここで紹介した対策については、あくまで目安としていただき、施設ごとの状況に応じて具体的な対応を検討いただければ幸いである。

引用文献

1) CDC: Guideline for Isolation Precautions: Preventing Transmission of Infectious Agents in Healthcare Settings 2007.
2) 医療機関における新型コロナウイルス感染症への対応ガイド(第5版).日本環境感染学会(2023年1月17日)
http://www.kankyokansen.org/uploads/uploads/files/jsipc/COVID-19_taioguide5.pdf
3) American Society of Heating, Refrigerating, and Air-Conditioning Engineers(ASHRAE): Guidance for Building Operations During the COVID-19 Pandemic
https://www.cdc.gov/niosh/docs/2009-105/pdfs/2009-105.pdf
4) Narumichi Iwamura 1, Kanako Tsut sumi. SARS - CoV-2 airborne infec tion probability estimated by using indoor carbon dioxide. Environ Sci Pollut Res Int. 2023 Jul;30(32):79227-79240. doi: 10.1007/s11356-023-27944-9. Epub 2023 Jun 7.
5) CDC: Ventilation in Buildings
https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/community/ventilation.html
6) CDC: Upper-Room Ultraviolet Germicidal Irradiation (UVGI)
https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/community/ventilation/UVGI.html
7) 厚生労働省:新型コロナウイルス感染症に感染した場合の考え方について(令和5年5月8日)
https://www.mhlw.go.jp/stf/corona5rui.html