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ダイヤモンド・プリンセス号乗客乗員におけるPCR検査の初動対応の経験から

2024年4月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。
東邦大学医学部 微生物・感染症学講座 感染制御学分野 教授 石井 良和(写真左)
東邦大学医学部 微生物・感染症学講座 助教 青木 弘太郎(写真右)
(先生方のご所属は取材時のものです)

2020年2月に乗員乗客3,711人を乗せたダイヤモンド・プリンセス号内で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が集団発生し、PCR 検査により4月15日までに確定症例712例が確認されました。政府の要請に基づいて新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の遺伝子配列に基づいたPCR検査体制の構築および大量の検体を処理できる全自動PCR検査装置を用いた検査プロトコールを設計し実施した東邦大学医学部微生物・感染症学講座の石井良和先生と青木弘太郎先生に、この任務を行うことになった経緯、苦心した点、作業の実際、明らかになってきたSARS-CoV-2の実像について伺いました。(文中敬称略)

Q1 ダイヤモンド・プリンセス号乗員乗客についてPCR検査を行うことになった経緯をお教えください。

石井 ダイヤモンド・プリンセス号について連日報道されていた2月初めに、厚労省から「多くの検体を処理できる検査体制を整えて2月17日からPCR検査に取り掛かれるようにして欲しい」との要請がありました。当時はまだSARS-CoV-2についてほとんどわかっておらず、しかも、これほど時間のない中で検査体制を構築するのはほぼ無理だと思われたのですが、我々がやらなければ事態は進展せず、乗員・乗客の皆様は解放されません。考えられる限りの感染防止対策を講じながら、青木君が中心となって急ピッチで検査体制を構築しました。
青木 当教室はそうした事態を想定して作られた検査室ではなく、設備もマンパワーも十分ではありません。また、それまでは主に細菌を扱っていましたが、ウイルス、それも情報が十分にないウイルスを対象とした検査については経験がありませんでした。
 検査室内感染は絶対に起こしてはならないのであり、時間のない中で石井先生のご指導の下、適切な検体採取方法も不明で輸送容器の外部が汚染されている可能性もある検体の取り扱い方法や、置き場所、作業スペースや検査フローなどの体制を整え、公開されていたゲノム情報やいち早くEurosurveillanceに掲載されていたreal-time PCRの方法1)、すでにSARS- CoV-2遺伝子検出用のRT-PCR検査法を立ち上げていた国立感染症研究所が公表した『病原体検出マニュアル』2)を参考にして検査体制を構築しました。ウイルス曝露防止対策に細心の注意を払ったことで、これまでに1,000件以上の検体を処理したにもかかわらず、1人の検査室内感染者も出していません。

Q2 どのタイミングで検査体制を整えようと考えていたのでしょうか?

石井 実は武漢の状況が日本で報道された1月に、日本にも入ってくることを危惧した青木君が「我々も検査体制を整えておくべきでしょうか」と言ってきました。幸いにして当研究室には核酸の抽出、増幅、検出工程のすべてを全自動で行い、ワークフローの効率性を高めた検査システムであるBD マックス™ 全自動核酸抽出増幅検査システム(以下:BD マックス™ システム)があり、これとオープン試薬を組み合わせれば、感染検査プロトコールを構築できると考えました。それで2月に厚労省から要請されたときにも対応できたわけです。
青木 ただちに石井先生の下、大学院生を含む検査技師2名と、応援スタッフを加えた検査チームを立ち上げました。国立感染症研究所から陽性コントロールを分けていただき、RNAの抽出系と用いる酵素、反応系などについて検討を重ねました。
 対象となる病原体はRNAウイルスであり、その検出には検体からRNAの濃度を保ちつつ抽出および精製し、逆転写酵素を用いてRNAからcDNAを作成する必要があります。我々はDNAの取り扱いには慣れていますが、RNAウイルスからRNAを抽出するのは初めてのことです。また、感染研から分けていただいた陽性コントロールは、安定性が担保されておらず、まずは自分たちで既知濃度の陽性コントロールを作成する必要がありました。その一方で偽陽性を出すわけにはいかず、TaqMan プローブ法のPCR法によるreal-time PCRの構築では「シグナルがどの程度上昇すれば陽性と判定してよいか」など試行錯誤が必要でした。
 このPCR検査は体外診断用医薬品ではなく、我々の教室の責任で構築した検査系 (laboratory development testing)を用いて判定しなくてはならないことから精度管理を徹底しました。たとえば増幅曲線は機械に判定のみならず、複数人で確認し、さらに陰性コントロールを用いて偽陽性を出さないように注意しました。PCR検査の感度については「COVID-19を疑う症状発症後3日目頃に感度が最大となり、その前後では感度が下がる」と報告されています。微妙なウイルスのシグナルの判定では患者の症状に関する情報が重要になるのですが、ダイヤモンド・プリンセス号などの行政検査では、患者情報がなく、判定に苦慮するケースがあります。
 これに加えて、多くの検体を同時に検査しなければならないので、取り違えおよびコンタミネーションの防止対策にも注意を払いました。検査の開始までの時間が迫る中で、これまでの分子生物学的な経験を頼りに、約1週間でSARS-CoV-2の検出プロトコールをBD マックス™ システムに搭載しました。
石井 当初は検体をセットしてからPCR検査が終わるまで2時間半ほどを要していましたが、検査系を最適化して1時間半ほどに短縮しました。検出限界や定量限界、再現性などのチェックに追われながら2月17日を迎えました。

Q3 実際に検体が運び込まれてのPCR検査の様子についてお聞かせください。

石井 核酸を抽出してしまえば感染の危険性はなくなり、それから先の工程ではコンタミネーションに注意を払うことになります。そこで核酸を抽出するまでのフローに基づいて各工程の動線が交差しないように努めたのですが、当教室の面積には限りがあり、どうしても上手くいかなかったことから、作業工程に時間差をつけることにしました。当初はBD マックス™ システム1台で行っていましたが、持ち込まれる検体が多いことから、2台体制で実施することにしました。
青木 教室には通常の研究業務を行っているスタッフもおり、彼らに迷惑をかけるわけにはいきません。実験台には放射線同位元素を取り扱う際に使用するシートを敷いて頻繁に取り換えるなどの工夫もしました。こうした配慮を行ったことで汚染エリア周囲も認識できたことから、検査を担当していない教室関係者も協力的でした。我々がスタンダード・プリコーション(標準予防策)に基づいて細心の注意を払いながら検査に当たっていることをわかってくれたからだと思います。「自分が取り組み、手が足りないときに教室関係者に協力を依頼する」というスタイルでやっていました。
 ダイヤモンド・プリンセス号では誰が感染しているのかわからず、ゾーニングも完全ではない中で検体を採取した方々のご苦労が想像できます。ダイヤモンド・プリンセス号から届いた検体は何重ものビニール袋で覆われていました。ただ、キャップが緩んでいて検体が漏れていたものがあったことなどから、船内の混乱した状況が想像できました。
石井 検体が入れられた段ボール箱が汚染されている可能性もありました。検体が到着して教室まで搬送する際は、エレベーターに我々以外は乗らず、またエレベーターには必ず2人で乗り、箱を持った1人は絶対にボタンやドアノブなどに触れないことを徹底させ、搬送経路を明確化しました。
青木 実際に検査に取り掛かった当初は「きちんと適切な検査ができているのか」が気がかりでしたが、それは間もなく「時間までに数をこなさければ」のあせりに代わり、次第に「これがいったいいつまで続くのか」との不安になりました。使命感に支えられてはいましたが、辛かったのも事実です。
 しかし、マニュアルや論文を参考に実験系を構築して実際の検査に反映させる作業を石井先生と一緒にさせていただいたことは私にとっても大きな経験でした。大変ではありましたが、この経験は今後の仕事に間違いなく役に立つと思っています。

Q4 検査を引き受けることに対してご家族からの反対はありませんでしたか?

石井 私の場合は家族からの反対はありませんでした。
青木 私の家庭でも検査をすることには反対されませんでした。ただ、検査フローの検討には非常に時間をかけたので、夜遅くまで帰れないことが何日もありました。ちょうど妻が妊娠中で、世の中は『不要不急の外出を避けるように』という状況だったので、自宅で長い時間を一人で過ごさせてしまい、つらい思いをさせてしまいました。

Q5 今回の事例を教訓に検査における即時対応で日本が学ぶべき点は何でしょうか?

石井 1月23日のEurosurveillance1)の情報がなければ、ここまで早く検査系の構築はできなかったと思います。この論文は本当に参考になりました。
青木 かなり早い段階で全ゲノム解析が解析されていたことに驚きました。
石井 全ゲノム配列が報告された10日後には検出法が陰性検体と陽性検体を用いた評価まで含む報告でした。日本で同じことをする場合、はじめに通常の倫理申請が必要で、かなりの時間を要します。欧米は今回のような危機的な状況の場合は、緊急措置で対応できます。これは日本も学ぶべきです。

Q6 新型コロナ検査に関する精度管理についてお聞かせください。

石井 検査の標準化というのは、いつでもどこでも、誰でも同じ結果を出せる手順を定めるということです。私はISOで標準化の仕事をしており、それをこの新しい病原体検査に応用したいとの気持ちがありました。東京都衛生検査所精度管理委員会は2019年にB型肝炎ウイルスを対象にした遺伝子検査の外部精度評価を試行しました。2020年の外部精度管理評価として、SARS-CoV-2を対象に実施することが求められました。
 しかし、外部制度評価用の陽性試料として患者検体を配ることが困難です。幸い5月にある企業からフルプロセスコントロールの発売が開始されたため、これを使って2020年7月に日本では初めてSARS-CoV-2の精度管理調査が東京都で実施されました。その調査の結果、正しく答えを出せない施設もあり、是正が必要な施設には東京都の担当者と精度管理委員が是正に向けた取り組みを施設の担当者とともに考える取り組みを実施しました。
 外部精度評価は内部精度管理を適切に行った上で受審するのが原則です。しかし、当時は十分な内部精度管理ができない施設が多くありました。しかし、これらの取り組みをきっかけに、病原体核酸検査が適切に行われるようになったと感じています。

Q7 検出作業を進めるに当たってSARS-CoV-2のどのような実態が明らかになってきたのでしょうか。

石井 若年者で大量のウイルスを排出する(Ct値が低い)人の中に無症状の感染者がいたことから、感染者のすべてが重篤な状態になるわけではないことがわかりました。そもそもCt値は核酸抽出試薬と増幅試薬の組み合わせで大きく異なります。これに加えてPCR増幅装置・検出装置が異なれば同一の検体対象に検査しても、Ct値は異なります。こうしたことからCt値より国際的に統一された単位(IU/mL)を報告すべきですが、日本ではまだ浸透していません。さらに多くの人に「96ウェルPCRプレートはどこも均一に増幅できる」と思われています。しかし、実際はウェルごとに異なるためその評価も必要になります。
青木 日本国内でも感染者・重症者が出始めたことで「国民すべてを検査しなければ」との極端な意見も聞かれました。一方で無症候の感染者も多く、検査の目的が見失われていたと言えるでしょう。検査は基本的には診断のために行うものであり、感染制御の目的においては、重要なケースに対象を絞ってPCR検査を実施すべきだと考えています。しかし当時はPCR検査が感染対策に適しているのかどうかとの基本的な議論がまともにされていない中で「感染者が出たら周囲の人にもとにかくPCR検査を」との論調が強く、私はこれには賛同できませんでした。
 今後は特に医療従事者を守るための院内PCR検査が重要になってくるでしょう。検査結果に基づいた適切な対策を講じることも求められます。また、基本的には一発勝負であるPCR検査の精度を高く適切に実施し、トラブルシュートできる優秀な人材を増やしていくことも重要になってきます。
石井 当時は科学的根拠のない誤った情報が拡散していました。こうした事態の中で最も重要なことは、しかるべき方々や機関が正しい情報を伝えることです。このCOVID-19感染禍においても感染症領域の多くの先生が正しい情報の提供に努力されました。新たな危機が発生したときは、正しい情報を提供することで、間違った方向に突き進んでしまうことを防ぐことが求められます。

文献

1) Corman VM, et al. Detection of 2019 novel coronavirus (2019-nCoV) by real-time RT-PCR. Euro Surveill 2020 Jan;25(3):2000045.
2) 病原体検出マニュアル 2019-nCoV (現行のものは令和2年3月19日発表のVer.2.9.1)
https://www.niid.go.jp/niid/images/lab-manual/2019-nCoV20200319.pdf

販売名:BD マックス
製造販売届出番号:13B1X10407000125
製造販売元:日本ベクトン・ディッキンソン株式会社

ダイヤモンド・プリンセス号における対策(国立感染症研究所の報告から抜粋)

 ダイヤモンド・プリンセス号は2020年1月20日に横浜港を出発し、鹿児島、香港、ベトナム、台湾、沖縄に立ち寄った。航行中の1月25日に香港で下船した乗客が、1月19日~23日にかけて咳き込み、1月30日に発熱し、2月1日に新型コロナウイルス陽性であることが確認されたことで、日本政府は2月3日に横浜港に帰港したダイヤモンド・プリンセス号乗客乗員3,711人の下船を許可しなかった。
 2月3日から全乗員乗客の健康診断が行われ、症状のある人、およびその濃厚接触者から咽頭ぬぐい液が採取された。2月5日に検査結果よりCOVID-19陽性者が確認されたことから、クルーズ船に対して14日間の検疫が開始された。当初は有症状者とその濃厚接触者に対してのみCOVID-19の検査が行われた。その後の検査体制の整備拡大に伴い、全乗客に対し系統的に検疫官が咽頭ぬぐい液の検体を採取することになり、2月11日に80歳以上の高齢者と糖尿病や心疾患等の基礎疾患を有する人から(年齢順に)検体採取が開始された。採取された検体に対し、PCR法により新型コロナウイルスの検査が実施された。緊急検疫体制であったことから、当初は発症日、検査確定日、濃厚接触者といった限られた疫学データのみが収集された。
 2月18日の時点で531人が確定例であった。合計2,404検体が検査され、延べ542検体が陽性(22.5%)であった。

編集後記

 ダイヤモンド・プリンセス号におけるPCR 検査の実態に迫る貴重なインタビューでした。石井良和先生と青木弘太郎先生がどのようにして検査体制を急ピッチで構築し、乗客乗員の安全を確保するために奮闘したかが浮かび上がりました。感染症対策におけるPCR検査の役割やその実施における課題、科学的根拠に基づく情報提供の重要性が明確になり、今後の感染症対策に向けた示唆に富む内容となっています。石井先生と青木先生のご尽力に敬意を表するとともに、今回のインタビューが広く感染症検査への理解と将来の対策に寄与することを期待しています。